ENEOSバスケットボールクリニック

聞いて! 答えて みんなの声

バスケットボールに関することを様々な人にインタビューしてお伝えする企画です

女性アスリートが競技を円滑に続けるために、ジュニア期から女性特有の問題に正しい知識を持ち練習に取り組んでほしい。
今回は、金沢医科大学の三倉茜さんに女性アスリートの健康問題についてお話いただきます。

みなさんこんにちは。三倉茜と申します。現在、金沢医科大学にて教員をしています。他にも、女性スポーツ研究センターにて協力研究員を務めたり、日本バスケットボール協会で女性コーチ育成事業を行ったりしています。
私からは本コラムを通じて、女子・女性アスリートが気をつけるべき健康上の課題を、①身体・生理的な側面、②心理・社会的な側面、の2回に分けて紹介していきたいと思います。今回は②心理・社会的な側面を取り上げます。

女子・女性アスリートの心理・社会的な健康

アスリートの健康について、身体的な側面だけではなく心理的な側面にも注目が集まるようになりました。最近では、テニスの大阪なおみ選手のメディアとの関係に関する問題や、アメリカの体操選手が心の健康問題を理由にオリンピックを一部欠場したことが話題になりました。いくらアスリートたちが怪我をしておらず、身体的に問題がなくても、その人にとってベストなパフォーマンスができるわけではありません。より良いスキルを習得することや、身体のケアをすることと同じくらい、心の健康を保つことも重要であるという認識がようやく広まってきました。また心の健康を保つ上で、コーチや仲間などの周囲の人たちとの関係や、社会との関わりも重要になってきます。

女子・女性アスリートが直面しやすい心理的な健康上の課題

女子・女性アスリートは月経に伴うホルモンの影響から、落ち込みや緊張など心理的な健康上の課題に直面しやすいと明らかになっています。ここでは、皆さんが経験しやすい心理的な課題について紹介していきます。

  • モチベーションが保てない!

    こちらは、多くの女子・女性アスリートが一度は経験したことがある問題だと思います。長く競技を続けていると「なんか今日は練習に行きたくないなあ」と思ったり、そのことに罪悪感を感じてしまったりしたことは何度もあると思います。

    モチベーションとは、「ゴールを達成するための行動を方向づけたり、維持したりする過程(Greenberg, 2005)」だったり、「行動を起こすための力(Chelladurai, 2014)」といった言葉で表現されます。つまり、上達したり試合に勝つために厳しいトレーニングに自分自身を向かわせたり、努力を継続するためにモチベーションが重要だということですね。 多くの場合、モチベーションの低下は一時的なものですが、たまに長い期間続いてしまうこともあります。その状態を放っておくと、バーンアウト(競技に対して、燃え尽きたような状態)やうつといった深刻な状態に陥り、そのまま競技から離れてしまうということにつながりかねません。

  • 試合前に緊張する、ネガティブなことを考えてしまう

    また、試合の前に緊張したり、勝ちたいと強く思いすぎたりするあまり、いつも通り身体を動かすことができない、いつもはできていることを失敗してしまうという悩みも経験したことがあると思います。緊張した状態ですと、「もっと失敗するかもしれない」「勝つイメージができない」などネガティブなことばかり考えてしまう思考に陥りやすくなります。そんな時、「私ってメンタルが弱いのかも…」とがっかりしてしまう人も多いかもしれませんが、オリンピックやパラリンピックに出場するアスリートだって緊張します。身体的なトレーニングで技術が上達するのと同様、緊張もトレーニングによってコントロールできるようになります。

  • 引退後の問題

    さらに競技を続けている間だけでなく、競技を引退する前後にも心理的な問題が起こることがあります。具体的には、毎日の長い時間をトレーニングや試合、またはその準備といったバスケットボールに関連したことに費やしていた状態から、一気にバスケットボールが生活からすっぽり抜けた状態になり、大きな喪失感を感じることが考えられます。また引退後に「あれ?私はバスケットボール以外でやりたいことってあるんだっけ?」と今後について何も考えられない状態になることもあるでしょう。これはトップアスリートだけでなく、中学校や高校、大学の部活を引退する女子・女性アスリートにも当てはまります。最近、このようなアスリートの引退時の問題が世間に認識されるようになり、様々な研究やサポートが行われています。

心理的な健康を守るためにできること

様々な心理的な健康上の課題を解決するために、スポーツ心理士やカウンセラーなど専門家によるサポートを受けられることが1番良いですが、まだまだアスリートの心理面をサポートする体制は身近では整っていないため、難しい人も多いと思います。そのため、女子・女性アスリートのみなさんが自分でできるメンタルトレーニングを中心に、解決方法についてお話ししたいと思います。

具体的なメンタルトレーニングの方法として、①目標設定、②イメージトレーニングについてと、③引退後の問題を解決することを助ける方法をお話しします。

①目標設定

目標設定は主に、モチベーションの維持のために重要なことです。みなさんは「全国大会に出る」「レギュラーになる」「シュートが上手になる」など、様々な目標を日頃から立てていると思いますが、目標設定をする際に大事なポイントを説明します。

まず、自分がバスケットボール選手として最終的にどんなことを成し遂げたいかという「大きな目標」を立てます。しかし、達成するためには時間がかかりますよね。その大きな目標を達成するために必要なことを「小さな目標」として1つ1つ挙げてみましょう。そして、その小さな目標を達成するためにいつまでに、何をしないといけないのかといった具体的な計画を立てるのです。そして、設定した期間(1週間、1ヶ月、1年など)が過ぎた頃に、計画通り計画を実行できたのか、その結果小さな目標を達成できたのかどうか、をきちんと振り返りましょう。また、より良い振り返りをするためにも、この「大きな目標」と「小さな目標」は必ず自分や他の人が評価できる目標にすることが大切です。達成できたか、できていないかが曖昧な目標だと、適切な振り返りと反省ができません。また、目標は低過ぎず、高過ぎないこともポイントです。目標を立てた時の自分の実力とつり合ったちょうど良い目標の達成を目指している状態が、最も努力を継続しやすいと言われています。

②イメージトレーニング

イメージトレーニングは、頭の中で技術や動作を思い浮かべることです。実際に、練習や試合の時にすでにやっている人も多いのではないでしょうか。実はイメージトレーニングはシュートなど技術的な面だけでなく、試合当日の流れ(朝起きたところから、試合をするまで)をイメージすることも効果的であると言われています。当日の流れで起こりそうなことをあらかじめ想定しておくことで、何か問題が起こった時にも慌てずに対応できるようになり、試合など大事な日の緊張を和らげることができると言われています。

技術や当日の流れをイメージするときには、「はっきり明確にイメージすること」と「思い浮かべたイメージを自分の思い通りに動かすことができること」でより効果的なトレーニングになると言われています。はじめはぼんやりしたイメージしか思い浮かべられなかったり、イメージの中でも失敗してしまったりと上手にイメージができないかもしれません。しかし普段のトレーニングと同様、日々イメージトレーニングを繰り返し行うことで、よりはっきりしたイメージを思い浮かべることができたり、自分の思う通りにイメージできたりするようになります。もしかしたら、イメージトレーニングは試合の前だけやるものという印象が強いかもしれませんが、ぜひ日頃から移動中などちょっとした時間にイメージトレーニングをやってみてくださいね。

③引退後に備えて、「デュアルキャリア」を実践しよう!

引退後に喪失感を持たないために、引退前から色々な準備をすることが大事だと言われています。具体的には、バスケットボールの練習をしながら学校での勉強を頑張ったり、自分の興味のある分野に関するスキルを身につけたりということですが、このように競技活動と並行して引退後の準備をすることを「デュアルキャリア」と言います。デュアル、というのは二重の、という意味ですので、バスケットボール1本ではなく、同時にもう1つ以上の軸を持つことが目指されています。

ENEOSでも宮崎選手がアパレル事業を展開していたり、日本代表キャプテンの高田選手はバスケットボールを普及させる会社の社長をやっています。また、ENEOSに過去所属し、現在はシャンソンにて現役復帰した藤岡選手は、母校でコーチをしながらトップチームで競技を行なっています。このように、憧れの選手たちがバスケットボール以外でも活躍している姿は、バスケットボールに取り組むみなさんの良いお手本になっていますね。

すでに引退して、何をしたら良いのかわからない状態にいる人も、心配しないでください。他の人がめったに経験できない、バスケットボールを通じた経験や培った能力は、バスケットボールの世界でも、他の分野でも必要とされています。時間がかかってもいいので、自分が残りの人生でやりたいことを見つけられるようにいろんなことにチャレンジしてみてください。

女子・女性アスリートが直面しやすい社会的な健康上の課題

「社会的な健康」とはどんなことか、想像がつかないかもしれません。例えば、社会全体として女子・女性アスリートに対してまだまだ間違った認識を持つ人もいるため、嫌な思いをしたり、心理的な健康が害されたりすることにつながることもあるでしょう。今回は暴力・暴言についてと、スポーツに関わる女子・女性への理解の不足について紹介します。

  • 暴言・暴力

    これは女子・女性アスリートだけの問題ではありませんが、スポーツ界にはまだまだ暴言や暴力がはびこっていることは否定できません。特に子どもの時に、勝ちにこだわりすぎたり、厳しすぎたりする指導を受けたりすることで、スポーツの本来の目的である「楽しさ」を忘れてしまいます。また、そのような指導を受けてきた場合には、競技を引退したらもうスポーツには関わりたくない!という態度にもつながってしまいます。せっかくこれまで続けてきたスポーツを、嫌いになってやめてしまうことは大変もったいないことです。もっとひどい場合には居場所がなくなってしまったり、重大なトラウマを抱えたりするなど、心理的な健康にも問題が起きるかもしれません。

    日本バスケットボール協会(JBA)では、こうした暴力・暴言をなくすために「JBAバスケットボールファミリー安心安全保護宣言」を2021年9月に採択しました。この宣言には、暴力暴言を根絶することや、子どもの安心安全なバスケット環境を整備することなどが盛り込まれています。このように、バスケットボールを楽しむ環境を提供できるように、協会としても努力をしているところです。もし、自分のチームや知っている他のチームで「あれって暴力・暴言じゃないかな?」という振る舞いを見聞きすることがあったら、先生や保護者など信頼できる大人に相談してみてくださいね。JBAには暴力行為等通報窓口も設置していますので、もし何かあったら利用することも検討してみてください(詳しくはこちら)。

  • スポーツに関わる女子・女性への理解の不足

    実は、スポーツは男性が中心に始まったという歴史があります。そのことから、まだまだ女子・女性アスリートがスポーツに参加する上で多くの課題が存在します。それは、前回お話したFTAなど女子・女性アスリート特有の健康課題に対するサポート不足や、男子・男性スポーツとの賃金格差の問題、盗撮などの問題が代表的です。また、アスリートとしてスポーツに参加する女子・女性が増えている一方、女性コーチや女性審判などはまだまだ少ないことも問題です。コーチや審判、スタッフなど様々な立場でスポーツに関わる女性が増えることで、女子や女性がスポーツに安心して参加できる環境づくりにつながったり、引退後の職業の選択肢が広がったりといった良い影響があります。

長く競技に関わることができるように

女子・女性アスリートが直面する様々な健康上の課題についてお話しました。女子・女性アスリートは男子・男性アスリートと比較し、多くの課題に直面することが分かったと思います。しかし、もっと多くの女子・女性に、様々な競技レベルや立場にてスポーツに関わってほしい!という動きは年々高まっており、国や協会、様々な人たちがそのために努力しています。

そのため、女子・女性アスリートの皆さんはバスケットボールを通じて培った能力、スキルを活かして、長くバスケットボールに関わって欲しいなと思います。それはプレーするだけではなく、将来コーチになったり、審判になったり、栄養士さんになったりという支える側の関わりも含まれています。職業にしなくても、お世話になった少年団チームでちょっと教えたり、自分のこどもができたら一緒にバスケをして遊んだりという関わり方もありますよね。ぜひ皆さんには色々な方法で、バスケットボールの価値を拡げるちょっとしたお手伝いをしてほしいなと期待しています。皆さんが経験したことを伝えることが、きっと将来の女子・女性アスリートのより良い活躍につながります。

引用

三倉茜
金沢医科大学 一般教育機構 体育学助教
日本バスケットボール協会指導者養成部会 ワーキングメンバー
女性スポーツ研究センター 協力研究員
研究テーマは女性スポーツ指導者育成について。
スポーツ現場に女性スポーツ指導者・コーチが少ない現状に着目し、その原因の究明及び女性スポーツ指導者・コーチ育成に必要なサポート考案を目指している。

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