バスケットボールに関することを様々な人にインタビューしてお伝えする企画です
女性アスリートが競技を円滑に続けるために、ジュニア期から女性特有の問題に正しい知識を持ち練習に取り組んでほしい。
今回は、金沢医科大学の三倉茜さんに女性アスリートの健康問題についてお話いただきます。
みなさんこんにちは。三倉茜と申します。現在、金沢医科大学にて教員をしています。他にも、女性スポーツ研究センターにて協力研究員を務めたり、日本バスケットボール協会で女性コーチ育成事業を行ったりしています。
私からは本コラムを通じて、女子・女性アスリートが気をつけるべき健康上の課題を、①身体・生理的な側面、②心理・社会的な側面、の2回に分けて紹介していきたいと思います。今回は①身体・生理的な側面を取り上げます。
最近になり、女子・女性アスリートが直面しやすい健康上の課題が注目されるようになりました。みなさんの中にも、女性アスリートが月経について発信している姿をテレビなどで見たことがある人がいるかもしれません。昔は男性が中心に行っていたスポーツに、近年多くの女子・女性が参加するようになり、オリンピックや国内トップリーグで活躍する女子・女性アスリートも増えました。そのため、スポーツをする上で生じる健康上の課題に直面する女子・女性アスリートも増えたことが上記の背景にあります。
なぜ、女子・女性アスリートは、より健康上の課題に直面しやすいのでしょうか?その理由は、女性ホルモンにあります。
はじめに、女性ホルモンと月経のしくみについて説明していきます。思春期(11〜15歳頃)以降、女子の身体は胸が膨らみ始めたり、皮下脂肪がついたりと、いわゆる「女性らしい身体」に変化していきます。その後、身体が成熟した頃に初めての月経(初潮)を迎えますが、この時身体の中では女性ホルモンの分泌が活発になっています。
女性ホルモン、とまとめて言いましたが、正確にはエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の2種類のホルモンがあります。エストロゲンは、子宮を発達させる、骨を強くする、気分を明るくするといった働きがあり、女性らしさを出すホルモンと言われています。一方プロゲステロンは、子宮を妊娠しやすい状態に維持する、体温を上げる、水分を溜め込む、眠気を引き起こす、食欲を増進するといった働きがあり、妊娠を維持するための働きを担っています。
これら2つの女性ホルモンは、時期ごとに分泌量が変化します。月経周期の前半は卵子が成長する過程でエストロゲンが多く分泌され、その結果、子宮内膜と呼ばれる血でできたベッドのようなものが厚くなります。その後卵子が育つと排卵が起こり、身体は妊娠するための準備に入ります。この時、いつ妊娠が起こってもいいように、プロゲステロンの分泌が多くなるのです。しばらくプロゲステロンが多い時期が続きますが、今回は妊娠が成立しなそうだな、と判断されると厚く整えていた子宮内膜を外に排出します。これが月経です。エストロゲンが多く分泌されている時期を卵胞期(月経〜排卵まで)、プロゲステロンが多く分泌されている時期を黄体期(排卵〜月経開始まで)と呼びます。このように、女性は1ヶ月の中で時期によって女性ホルモンの分泌量が変化し、ホルモンの働きによって身体に様々な反応が現れます。
すでに初潮を迎えた女子アスリートのみなさんは、1ヶ月の中でもコンディションが良い時と悪い時があるな、と感じている人もいるかもしれません。先ほど紹介したように、女性ホルモンはそれぞれの働きによって、むくみやすさや気分の落ち込みなど、スポーツに望ましくないコンディションも引き起こしてしまいます。これが月経困難症(いわゆる生理痛のうち、日常生活に支障をきたすもの)や月経前症候群(月経前に神経が過敏になることで現れる様々な症状)と呼ばれる症状です。
上記のように、女性ホルモンが正常に分泌されることで月経が毎月起こりますが、過度なトレーニングなどによって女性ホルモンの分泌がうまくいかなかったり、パフォーマンスを上げるために過度なダイエットを行ったりすると月経が止まってしまうことがあります。このように、継続的なスポーツ活動が原因となって起こる女子・女性アスリートの健康上の問題として代表的なものが女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad=FATと呼びます)です。
女性アスリートの三主徴とは、「過度のトレーニングや不適正な食事制限を行うことによって、女性アスリートの選手生命に大きな影響をおよぼす3つの兆候(女性アスリートダイアリー2020より引用)」という意味で使われます。具体的には、①利用できるエネルギー不足、②視床下部性無月経、③骨粗しょう症の3つを指します(図1)。以下、それぞれについて説明します。
図1 女性アスリートの三主徴(FAT)
利用できるエネルギー不足とは、スポーツ活動や生活に必要なエネルギー量が摂取できていない状態を指します。女子・女性アスリートのみなさんは、トレーニングしたり、筋肉を作ったりすることが必要ですので、普通の人よりもたくさんのエネルギーが必要になっています。加えて、成長期にいる女子アスリートのみなさんは、身長を伸ばしたり、成長したりするためにもさらにエネルギーが必要です。しかし、一般的な女性と同じくらいしかエネルギーを摂取できていなかったり、むしろ「痩せていた方がパフォーマンスが良くなる!」と考え、過度な食事制限をしてしまったりすると、月経が止まってしまったり、骨が弱くなってしまったりします。
利用できるエネルギー不足の結果起こる視床下部性無月経とは、エネルギー不足によって体脂肪が減少し、脳の視床下部という部分が「女性ホルモンを分泌してください!」という指令を出さなくなることによって起こる無月経のことを言います。女性ホルモンが分泌されなくなると無月経になるだけでなく、その結果、次で説明するような骨粗しょう症になるといった健康被害も起こってきます。
エネルギー不足や視床下部性無月経の結果起こる骨粗しょう症とは、骨の中に空洞ができ、骨がスカスカになっている状態を言います。その結果、選手生命に関わる疲労骨折などのケガにつながりやすくなります。なぜ利用できるエネルギー不足や無月経が、骨粗しょう症の原因になるのでしょうか。それは骨を作るエネルギー不足や骨を構成するカルシウムなどの栄養不足が起こるため、そして無月経によるエストロゲン分泌の低下によって、骨が弱くなるためです。エストロゲンが不足すると骨が弱くなる理由についてですが、先ほど説明したエストロゲンの働きのなかに、骨を強くするという働きがあったかと思います。実は、エストロゲンは女性らしい身体をつくるだけではなく、妊娠した時にしっかり体重を支えられるように、骨を丈夫にするという働きもあるのです。そのため、しっかりとエストロゲンが分泌されている状態の女性は骨折しにくい一方、エストロゲンの分泌が少なくなってしまうと骨も守られなくなり、骨粗しょう症を引き起こしてしまいます。チームメイトに、疲労骨折を繰り返ししてしまう人がいる場合、もしかしたらその原因は無月経かもしれません。このように一見関係のなさそうな無月経と疲労骨折ですが、実は深い関係があるのです。
図1からもわかるように、視床下部性無月経と骨粗しょう症の1番の原因は、利用できるエネルギー不足です。FATを予防するために、まずは日々の食事を見直し、スポーツ活動や成長に必要なエネルギー量をきちんと摂ることができているか、栄養バランスは取れているかをチェックしてみましょう。先ほども少しお話ししましたが、特に成長期にあるアスリートのみなさんは、成長のためのエネルギーも摂取しないといけません。身長が1番伸びる時期に、きちんと栄養とエネルギー、そしてたくさん睡眠をとることによって、自分が伸びることができる最大限の身長までしっかり背を伸ばすことができます。背が高い方が有利とされているバスケットボールにおいて大事なことですよね。また、10代のうちにその人の人生における最大骨量(骨の密度)も決定されてしまいます。この時期に骨にたくさん栄養を与え、運動によって適度な刺激を加えることで丈夫な骨をつくることで、歳をとっても骨折しにくいという良いこともあります。
無月経になった頃にはもうすでに骨に異常がある場合が多いと言われていますので、あらかじめ自分の月経周期は正常なのかどうか、日頃からチェックすることが効果的です。月経周期を把握するためにできることは、基礎体温を測ることです。基礎体温とは、「人の安静時の体温」のことで、睡眠から目が覚めた直後に、婦人体温計を使って口の中で測ります。この基礎体温は月経から排卵までの卵胞期には低く、排卵後に高くなることが一般的です。そのため毎日基礎体温を記録していると、排卵がきちんと起きているのか、女性ホルモンは分泌されているのかを知ることができます。詳しい基礎体温の測り方は、こちら(8ページ目)で紹介されています。
また月経周期をはじめ、自分のコンディションを客観的に把握することを助けるツールも存在します。例えば、FATスクリーニングシートは、FATになっていないか、またFATになりやすい状態ではないか早期に気づくことができるように女性スポーツ研究センターによって開発されました(ダウンロードはこちら)。また基礎体温とその日の身体の状態、食事内容、睡眠などを記入することで複合的なコンディション管理に役立つ女性アスリートダイアリーもあります(こちらより詳細をチェック)。他にも、女性アスリート支援委員会も女性アスリートのための月経セルフチェックシートというツールを作成しており、無月経以外の月経に関する問題にも気づくことができます(ダウンロードはこちら)。このように、自分の不調に早めに気づくためにできることやそれを助けるツールはたくさんあります。
視床下部性無月経の他にも、無月経や月経不順の原因は様々なものが存在します。多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)がその代表的な例です。女子・女性アスリートの無月経について、「スポーツをしているから月経が安定しないのは当たり前」という考え方を持つ人もまだ少なくないことから、これらの症状は発見が遅れてしまうことがあります。
無月経によりエストロゲンの分泌が減少した状態が長く続くと、将来骨粗しょう症になるリスクも高まります。また、将来子どもが欲しいと思っても、月経に関する問題を長く放置したことで、妊娠できない身体になってしまうこともあります。このように、スポーツが原因となって起こる不調はケガなどの競技活動への悪影響だけではなく、生涯に渡る健康にも影響する恐れがあります。将来の自身の健康を考える上でも、今の自分の状態を十分に把握するようにしましょう。何か少しでも不安なことがある人は、積極的に婦人科を受診してください。そして低容量ピルを服用するなど、できる治療を早めに行いましょう。
みなさんは現在、スポーツ活動を通じて技術の向上に励んでいると思います。目標としている試合で勝つためには技術の向上だけでなく、自分自身の身体を良い状態に持っていくことも重要です。そのために、自分の身体がどんな状態であるかを把握するセルフマネジメント(自己管理)の考え方が重要になってきます。上記で説明したように、月経周期を含む身体の状態を自分自身で把握し、食事や睡眠に気を配ることで、トレーニングをより効果的なものにすることができます。また何か不調が起き病院にかかる時にも、日頃から自分の調子を記録しておくことでより良い治療につながります。何よりも、セルフマネジメントすることでより主体的にスポーツ活動に取り組むことができますので、今まで以上にトレーニングが楽しくなることもあると思います。スポーツを通じて自分の身体に向き合うチャンスが、スポーツをしていない人よりも増えることになりますので、アスリートとしても人としても成長できるチャンスです。ぜひ、これからセルフマネジメントを意識して、スポーツに取り組んでみてくださいね。