第9回優勝「V9 2008年(平成20年)第79回都市対抗野球大会」

1996年の都市対抗でベスト4入りしたチームから、高橋憲幸(現・北海道日本ハムスカウト)、川村丈夫(現・横浜DeNAコーチ)、小野 仁(元・大阪近鉄)の3投手、攻守の要だった大久保秀昭(現・監督)がプロ入りすると、1997年は9年ぶりに都市対抗神奈川二次予選で敗退。企業統合で日石三菱となった1999年は東京ドームでベスト8と盛り返すも、2003年に新日本石油、2005年からは新日本石油ENEOSと名称を変更したチームは、いまだかつてない苦しさを味わう。

そんなチームに、大久保が監督として帰って来た。大阪近鉄で現役生活を終えたあと、横浜のファームでコーチを務めていた大久保は、「意外に思うかもしれませんが、私は愛社精神の塊。栄光の歴史を再び積み重ねていけるよう、全力でチームの再建に取り組みます」と力強く語る。大久保監督は、選手たちに向けてこう言った。
「私は、自分が採用した選手で日本一になる。だから、容赦なく入れ替えをしていく」

チームの空気がピリッとする中で、「ユニフォームを脱がされてたまるか」と発奮したのが、宮澤健太郎、柳田俊幸、池邉啓二らV9の主力になる選手たちだった。

ルーキーに山岡 剛(前・監督)や樋口 渉(現・コーチ)らを迎えた2006年の都市対抗神奈川二次予選では、リードしているのに顔面蒼白の選手がおり、考えられないミスも見られる。3年連続で予選敗退を喫し、チーム再建はまだまだ先になるかという印象だった。それでも、日本選手権ではベスト4に進出。必死に努力を続けた選手の中から、右腕の田澤純一が頭角を現す。

2007年は、4年ぶりに都市対抗へ出場。二回戦で敗れたものの、日本代表にも選ばれた田澤はドラフト候補として注目を浴びる。しかし、田澤はさらなる飛躍を期してチームに残留。田澤を軸に、13年ぶりの黒獅子旗を見据えて臨んだのが2008年のシーズンだった。

3月の東京スポニチ大会では、13年ぶり9回目の優勝。13年前も東京スポニチ大会に続いて都市対抗でV8を達成しており、実に縁起のいい滑り出しだ。4月は四国大会でも準優勝と着実にチーム力を高め、都市対抗神奈川二次予選では苦しみながらも第三代表で東京ドームへ駒を進める。

このシーズンの途中、チームはビジターのユニフォームを変更した。それまでのグレーから、伝統のスカイブルーに。黄金時代を知らない選手は、「似合っている?」と互いに言い合っていたが、スタンドで観戦するファンの多くは「ユニフォームも、強かった時代を思い出させる。いよいよ新日石が復活する」と受け止めていた。

その新ビジターユニフォームで臨んだ第79回都市対抗野球大会一回戦は、高松市・JR四国との対戦。先発のマウンドを任された田澤は、伸びのあるストレートを軸に三振の山を築かせ、5回まではひとりの走者も許さない。打線も、1回裏一死三塁から坂下真太の左犠飛で先制。続く2回裏に樋口、3回裏には柳田が適時打を放ち、小刻みに加点して5回までに4対0とリードする。田澤は6回表に初安打となるソロ本塁打を食らうも、8回まで4安打12奪三振の快投。8回裏にも1点を追加し、5対1で首尾よく白星を手にする。

二回戦では強敵と激突する。前年の日本選手権で準優勝した名古屋市・三菱重工名古屋だ。しかも、その日本選手権を制したトヨタ自動車、この年の日本選手権で準優勝するJR東海から補強選手が加わり、“オール東海”の戦力で頂点を目指している。予想通り、三菱重工名古屋は大谷智久(トヨタ自動車から補強=今季まで千葉ロッテ)、新日本石油ENEOSは田澤の両先発が一歩も譲らず、5回まではスコアボードにゼロが並ぶ。

2回戦、柳田の2ラン本塁打で先制6回表も二死となったが、四番の池邉が敵失で出ると、柳田は好球をじっくりと待つ。そして、6球目に甘く入った変化球をすくい上げ、レフトスタンドまで運ぶ。

2回戦、10奪三振で完封勝利を
収めた田澤
この貴重な2ラン本塁打で先制すると、田澤はさらにギアを上げ、相手打線につけ入るスキを与えない。さらに、9回表に二死一、三塁のチャンスを作り、二番に入った東芝からの補強・平馬 淳(現・東芝監督)が中前にタイムリー。大久保監督が「あの1点が大きかった」というダメ押しで3対0とリードを広げ、田澤は5安打10奪三振で完封勝利を収めた。

準々決勝の相手となったJFE東日本とは、3月の東京スポニチ大会でも準々決勝で対戦。田澤が18奪三振の快投で、3対0の勝利を挙げている。この試合は、東芝から補強した木戸一雄に先発を託し、5回からは継投で試合の主導権を握ろうとした。しかし、JFE東日本の先発左腕をなかなか攻略できず、6回までスコアレスと重苦しい展開になる。

7回表に一死満塁のピンチを迎えると、田澤を投入して何とか凌ぐ。ただ、中1日で登板した田澤の負担を少しでも軽くするには、打線の援護が必要だった。すると、その裏に山岡と須藤宗之の安打で一死一、三塁とし、平馬が中犠飛を放って1点を先制。田澤が無安打の好救援で、この1点を守り抜く。1対0の辛勝には大久保監督も「予想していなかった」と目を丸くしたが、チームは勢いに乗って準決勝に進出する。

準決勝、逆転の2ラン本塁打を放つ須藤長野久義(現・広島)ら若手の活躍で勝ち上がってきたHondaとの準決勝は、先発の田澤が1回裏にいきなり先制3ラン本塁打を浴びてしまう。それでも、直後の2回表に二死一、二塁と攻め、樋口がライト線に弾き返す。長野がグラブに当てたため、公式記録は失策となったが、樋口の殊勲と言っていい一打で2者を還し、5回表には途中出場の須藤が会心の逆転2ラン本塁打を放つ。7回裏に田澤が二死満塁のピンチに立たされると、左腕の廣瀬 繁を投入して凌ぎ、8回表には1点を追加。9回裏の反撃を1点に止め、5対4で際どく決勝に進む。
「やっと辿り着けた。ここまで来れば、うちは負けない」

決勝で先制タイムリーを放った
四番の池邉
大久保監督の言葉通り、王子製紙(現・王子)との決勝は、1回表に無死満塁とし、池邉と柳田が連続タイムリー。宮澤の押し出し死球で3点目を挙げると、相手の先発投手は一死も取れずに降板する。一方、先発を任された清見賢司は、6回途中まで4安打1失点の好投。

決勝でもリリーフ登板し、
力投する田澤純一
7回表にも1点を追加すると、8回からは三番手で田澤を注ぎ込み、4対1で13年ぶり9回目の優勝を成し遂げる。橋戸賞に輝いた田澤は、その活躍ぶりに将来性を見込んだボストン・レッドソックスへ入団。メジャー・リーグでの活躍は周知の通りだ。

優勝を決めて歓喜の輪を作る選手たち
大久保監督胴上げ

【大会戦績】

1回戦5-1vs JR四国・高松市
2回戦3-0vs 三菱重工名古屋・名古屋市
準々決勝1-0vs JFE東日本・千葉市
準決勝5-4vs Honda・狭山市
決勝4-1vs 王子製紙(現・王子)・春日井市

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